信仰は0%か100%ではない

キリストは人生を変える
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神を疑うは自然なこと?

ある人が次のように言いました。「100%信じる自信がないのでクリスチャンにはなれない」と。人間として生まれた者の中で、常に100%神を信じていた方はイエス・キリストだけです。わたしたちが、自分自身の信仰を語る時、0%か100%では語れません。気分は高揚している時は100%信じていると言い切れるかもしれません。それでも時には、神の力や知恵を罪人である人間である以上、疑うことがあるのです。

聖書の中に出てくる人たちも100%の信仰を持っていませんでした。現実社会の悪を見た時に、「なぜこのような事が起きるのか。神は悪を見過ごしなぜ黙っているのか」と神の預言者たちも嘆いていたのです。神の計画自体を疑っていたのです。

クリスチャンになった人が、すべて最初から100%信じているなんてことはあり得ません。最初から聖書の教えをすべて理解しているかというと、そんなことがあり得ないのと同じです。

信仰は育つ

むしろ信仰は育つと考えるのが聖書的だと思います。今思えば、わたしがクリスチャンになった時は、60%ほどの信仰しかなかったと思います。神はわたしに試練や困難を与えて、信仰を育ててくださったと信じています。

「自分は何%キリストを信じているだろうか」と自問自答してみましょう。10%でもかまいません。何に疑問を持っているか、天にいるキリストに、祈りその質問をぶつけてみましょう。必ず何らかの形で答えを与えてくれるはずです。

聖書を読んで信仰は育つ

聖書は神の御言葉です。人生の真理が書かれています。普遍の真理が語られているのです。わたしたちの信頼に値する言葉が書かれています。わたしも読者の方も、聖書から学ぶことは山ほどあるのです。

聖書を読み、神がどんな方であるかを知り、わたしたち人間がどんな存在かも知ることが出来るのです。その真理を知り少しずつ信仰が育っていくのです。不思議な現象です。

経験を通して信仰は育つ

わたしたち人間は、人生の中で様々な経験をします。当然、苦しい悲しい経験もあるのです。しかし、そのような経験がすべてネガティブに人生に反映するとは限りません。むしろ良くなることもあるのです。このような時、私たち人間は、舞台裏で働いている神の摂理を感じます。

信仰が育つのに、大それた経験は必要ありません。小さなきっかけかもしれません。創造主なる神によって守られている、と感じる時が必ずくるものです。その時、「あれ?おかしいぞ」と思うのです。神の愛に気づく時です。信仰が育つ瞬間です。

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