クリスチャンでなくても聖書を読むべき理由

向上心
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わたしはは、すべての方々に聖書を奨めています。聖書を読むべき7つの理由をあげてみます。聖書の重要性を説明し、どれ程人生に役に立つかを説明します。

たとえ宗教、キリスト教に興味がなくても聖書は一読するに値する書物です。信じるとか信じないとか、宗教的な意味合いではなくて、むしろ他の様々な理由で聖書を読むべきだと考えています。

聖書を読む実践的な意味

自分の教養のために

聖書は一言でいえば歴史書です。旧約聖書は、世界の4大文明のうちメソポタミヤ文明とエジプト文明が背景となっています。旧約聖書には次のような流れで歴史が書かれています。人類の歴史、古代エジプトでイスラエル人たちが奴隷になった時代、奴隷から解放されて現在のイスラエル及びパレスチナの地に移住した時代、古代メソポタミヤの国々に侵略されてエジプトやメソポタミヤに離散時代、その数十年後にエルサレムに帰還した時代。この歴史のなかで人間の苦楽が壮大なスケール描かれています。単なる読み物としてもかなりおもしろいと思います。また、旧約聖書にはイスラエルの人々の生活の知恵、格言、人生観が書かれており、読む人の視野を広め教養を高めるでしょう。

一方、新約聖書は西洋史、特にギリシャ・ローマ文化を背景にして書かれています。キリストが生誕された時の政治状況や世情などがキリストの教えと共に書き記されているのです。また新約聖書には特にキリストの言葉には名言として覚えられる人生の格言がたくさんありますので、ぜひ聖書を読んで知識・教養を高めるのに役立ててください。

グローバルな国際人として

ここ数十年、宗教間の対立が激しいようです。イスラム過激派と呼ばれる人々が聖戦の名によってアメリカと敵対しています。またインドや東南アジア諸国でクリスチャンが何らかの理由で迫害されていると報道で聞いたことがあります。何を信じているにせよ、宗教の名によって我々人間が戦争をすることはよくないことです。それよりも、我々はグローバルな世界の中で他の宗教や文化を理解するほうがもっと重要ではないでしょうか。日本人も然りです。靖国神社参拝の理由が他国の人々から理解されない、あるいは多くの日本人自身も理解していないかもしれません。国際人として(国際的なビジネスをしている方は特に)自分の文化宗教はもちろん他国の宗教文化を理解することは必要不可欠です。聖書を読むことは、グローバルな国際人になるために西洋文化・歴史を理解するための大切な一歩です。

人生において成功をつかむために

欧米の啓発本は、聖書の教えに基づいたものが多いのはご存知ですか。先駆者として啓発本を出版したのはデール・カーネーギではないでしょうか。創造主なる神への信仰が彼の著書の根本にあります。キリストの教え「だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい(マタイ7章12節)」を基づき、カーネーギは「他者に対する自己の行動を変えることにより、他者の行動を変えることができる」という考えが柱に多くの著書を書いたのです。つまり、聖書はあなたを人生の成功へと導く道しるべを示しているとはいえないでしょうか。

あなたは自分自身についてどれくらい知っているでしょうか。自分の性格、価値観は?自分に対してどのようなイメージをもっていますか。他人の長所や短所はよく見えていても、いざ自分のこととなるとさっぱりわからないという人は意外に多いのではないでしょうか。自分の自己評価が低い人は、特に聖書を読むべきだとわたしは思います。というわたしも20代の時には自分の自己評価は非常に低かったと覚えています。聖書は自分がどんな人間かを教えてくれます。自分について客観的な真実を聖書は語ってくれます。霧が消えていくように前が見えてくるような感じです。今までモヤモヤしていたものが一気にはれて、気持ちが楽になる感じです。自分が背負ってきた重荷が取り去られるような・・・。そして自己嫌悪的な感情も徐々になくなっていきます。

人間関係をよくするために

人間関係はいつの時代でも、どんな社会に生きていても難しいものでしょう。苦い経験をして学ぶことも必要です。つらい経験だけで人間関係がどんどん悪くなってしまう人もいるのも事実です。しかし、人間関係を良くする為の教科書があれば読んでみませんか。聖書はまさにその教科書です。人間が作る教科書はパーフェクトではありません。どこかに落ち度、見落としている箇所があるものです。一つの観点からしか見ていないからです。しかし、聖書は人間関係のすべての観点から見ているので、読者はありとあらゆる場面で聖書の言葉を思い出すはずです。聖書は人間関係を健全にするために貴方に素晴らしい知恵を与えてくださいます。一読をどうぞ。

賢く生きるための知恵を得るために

悪知恵という言葉があるように、知恵にもいろいろあるようです。一般的には知恵とは世の中をうまく渡っていく要領を指している場合が多いように思えます。しかし、聖書が教える知恵は違います。他の人の権利や気持ちを敬いながらも、自分が主張すべき所はきちんと言えるような知恵です。自らをトラブルに招く悪を避け正しいことをしていくための神の知恵を指しています。神の知恵とは人間の知恵とはかけ離れています。神の知恵によって人間は賢く生きていくことが出来ます。

聖書には、時代や文化を超えた神の知恵が示されています。どの時代、文化にも当てはまる教えが与えられているのです。尊い神の知恵を生活に活かすだけであなたの生活が変わってきます。聖書を読んでみましょう。

迷路に入らないために

人生に迷いは付き物です。迷わない人生などありません。しかし、迷路に入ってしまう人、入らない人には何らかの差があるのではないでしょうか。聖書がなくても確かに立派に生きていらっしゃる方は大勢います。しかし、そこには並々ならぬ努力と精進があるのではないでしょうか。聖書は、そんな遠回りなことをすることなしに、人生の多くの教訓を教えてくれるのです。
「人生を変える本」としていろいろな本が紹介されています。その選択は人それぞれの好みの問題であったり、または感性の違いだったりすると思います。しかし、聖書は文化宗教国籍を超えたすべての人間に語りかける力を持っているとわたしは確信しています。まさに聖書は人生を変える本だと言えます。

聖書を読む霊的な意味

わたしは別に宗教に興味があったわけではありませんでしたが、異文化に興味があったので聖書を読み始めました。聖書を読み始めるのに理由は何でもいいと思います。聖書は不思議な本です、実に不思議。ちょうど鏡のように自分を映し出してくれます。自分の嫌な所をえぐり出しありのままを見せてくれます。聖書には自分を見つけるには最適な本だと思います。「自分の物語」が書かれているのです。

聖書を読む最大の理由は何でしょう。聖書の読者はこの天地万物を創った創造主なる神がどんなお方か知ることが出来ます。自分からどこから来て、どこにいるのか、どこへ向かおうとしているのか・・・も教えてくれるけれど、創造主なる神が暗闇の中にいる私たちに光を与えてくださいます。マジに読めば間違いなくこの光が心に届きます。

聖書の言葉の力は、読む人の心の変化に現れます。

  1. 聖書の言葉は、読む人の心の奥底までも見通します。
  2. 聖書の言葉には、自分の人生の縮図が書いてあります。
  3. 聖書の言葉には、自分がどこから来てどこへ向かおうとしているかが書いてあります。
  4. ゆえに聖書の言葉に、自分自身を見出し、人生の指針を見出すことが出来るのです。

神は様々な形で私たち人間に神ご自身の権威と存在を示されました。たとえば、私たちのまわりの完全な自然が、神の権威と知恵を知らしめています。しかし、私たち人間がどのように生きるべきかを自然は教えてくれません。神はイエス・キリスト、神の子である方を送り、人がどう生きるべきかを教えました。それらの教えが書かれているのが聖書なのです。私たち人間は、経験を通して生き方を学びます。その過程で多くの過ちを犯して時には取り返しのつかない事までしてしまうことがあります。そのような間違いを犯さず、もっと自由に生きられると聖書は教えています。

「聖書は誰によって書かれたのか」という質問は重要な質問です。数千年の間に聖書は時代を超え、神のことばとして人間の手によって書かれました。その意味で、著者は人間だということです。(上記の聖句は特に聖書の預言について言及していますが、聖書全般にあてはまることです。)しかし、その人たちが自分勝手な私的解釈を基に聖書を書いたのではありません。上記の聖句によりますと、実際に筆を執ったのは、神の聖霊によって動かされた人間でした。その意味では、聖書の著者は本質的には神ご自身です。

私たち人間を創造した神は、その教えを語る時に、生きているすべての人に語りませんでした。神はある人々を神の教えを語る代弁者として使い、そしてその教えを書かせたのです。この聖句が言っているように、聖書は教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益であり、私たちがどのように生きていくかを決める、人生の指針が聖書には書かれているのです。

聖書のある個所で「 神のことばは生きている」と書かれています。その意味を考えてみましょう。聖書は数千年前に書かれた書物ですが、20世紀の今でも私たちの生活に語りかけ息づいています。その鋭さは時代を超えたものであり、文化を超えたものです。神のことばは、知恵に満ちており、聖書を読むたびに私たちの本心が見透かされているようです。神がすべてを見通している事を、改めて私たちに教えてくれるのが聖書です。聖書に対する先入観を取り除き、自分自身で聖書を読んでいただけたら、このうえない喜びです。聖書を自分で読む利点は何でしょうか。

聖書の言葉を自分自身で読む利点

  1. 誰にも押し付けられずに読める事です。他の人の意見は参考にしながら、自分自身でじっくり考えることができます。
  2. 聖書には様々な倫理的、道徳的な教えが含まれています。人生に迷ったときにも必ず役にたつ知恵がたくさん隠されています。
  3. 自分自身の教養を養うのにも役にたつと思います。

どんな動機でもかまいませんから、まずは聖書を読み始めましょう。男性にはヨハネの福音書をお勧めします。女性にはルカの福音書が理解しやすいかと思います。神が生きているように、聖書の言葉も生きて私たちの生活で働いてくれます。実体験すれば、聖書が生きている言葉だという意味がわかると思います。

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