新約聖書の生い立ちと成り立ち

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新約聖書が書かれた年代と過程

キリストが十字架にかけられた死んで復活後、キリスト者が集まり、イエス・キリストの名によって神を礼拝し始めました。これがキリストが建てた教会です。初代教会は、私たちが現在、手にしている正典である聖書は、持っていませんでした。使徒たちの教え、またキリストが言った言葉のメモ書きのようなものを基に、お互いに教えあっていたのです。その後、キリストの使徒であった弟子たちが、50年以降、手紙を書きます。特にパウロという使徒が、諸教会に多くの手紙を書きました。さらに後、70年以降にイエス・キリストの生涯について書いた福音書が書かれたのです。

1世紀の時代の70年~90年においても、聖書は正典としてはまとめられていませんでした。学者の間で、新約聖書が書かれた年代について未だに議論されていますが、各書が書かれた大まかな年代を(The International Standard Bible Encyclopedia, Vol. 1, 692)から紹介します。

  • ヤコブの手紙(47-48年)
  • 1-2テサロニケの手紙(50年)
  • 1コリントとガラテヤの手紙(52-53年)
  • ローマの手紙(54年)
  • コロサイ、エペソ、ピレモンの手紙(58年)
  • ピリピの手紙(59年)
  • 1テモテとテトスの手紙(62-63年)
  • 1-2ペテロ(64年以前)
  • 2テモテ(65年)
  • マタイ、マルコ、ルカの福音書、使徒行伝、ユダとへブルの手紙(70年以前)
  •  ヨハネの福音書、ヨハネの黙示録、1-3ヨハネの手紙(70年~90年)

新約聖書の成立

新約聖書の成り立ちは、旧約聖書の正典の過程より複雑です。紆余曲折を重ねて、現在の聖典に至っています。しかし、新約聖書の正典化は、徐々にクリスチャンの間に確立していきます。パウロの手紙は、教会間でまわし読みされていたようです。使徒ペテロは、使徒パウロの手紙を権威ある神のことばとして認めています。(2ペテロ3章15節ー16節)1世紀の初代教会のクリスチャンたちは、私たちが手にしている新約聖書を持っていませんでした。1世紀には新約聖書は正典として成立していなかったのです。


2世紀から4世紀にかけて正典化が行われていったのです。時代とともに、徐々に、いくつかの書が権威ある書(聖書=神のことば)として認められ、正典として加えられていきます。教父たちの影響も、この過程で働いていたと思われます。言葉で、説明するよりも表にした方がわかりやすいので表にしました。Eerdmans’ Handbook to the History of Christianity, P.95, W.M. B. Eerdmans Publishing, 9177.

200年代250年代300年代400年代
ローマ教会で使われていた(通称ムラトリ正典)教父オリーゲネスの新約聖書教父エウセビオスの新約聖書カルタゴ教会会議によって決められ新約聖書
4つの福音書4つの福音書4つの福音書4つの福音書
使徒行伝使徒行伝使徒行伝使徒行伝
ローマの手紙ローマの手紙ローマの手紙ローマの手紙
1、2コリントの手紙1、2コリントの手紙1、2コリントの手紙1、2コリントの手紙
ガラテヤの手紙ガラテヤの手紙ガラテヤの手紙ガラテヤの手紙
エペソの手紙エペソの手紙エペソの手紙エペソの手紙
ピリピの手紙ピリピの手紙ピリピの手紙ピリピの手紙
コロサイの手紙コロサイの手紙コロサイの手紙コロサイの手紙
1、2テサロニケの手紙1、2テサロニケの手紙1、2テサロニケの手紙1、2テサロニケの手紙
1、2テモテの手紙1、2テモテの手紙1、2テモテの手紙1、2テモテの手紙
テトスの手紙テトスの手紙テトスの手紙テトスの手紙
ピレモンの手紙ピレモンの手紙ピレモンの手紙ピレモンの手紙
へブルの手紙
ヤコブの手紙ヤコブの手紙
1ペテロの手紙1ペテロの手紙1、2ペテロの手紙
1、2ヨハネの手紙1ヨハネの手紙1ヨハネの手紙1、2、3ヨハネの手紙
ユダの手紙ユダの手紙
ヨハネの黙示録ヨハネの黙示録ヨハネの黙示録
ペテロの黙示録
ソロモンの知恵

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