旧約聖書と新約聖書の違い

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旧約聖書と新約聖書の違いは、内容もさることながら神の契約という観点において大きな違いがあります。ここでは2つの書に、書かれている内容と契約の違いを簡単に説明しておきます。

旧約聖書

書かれている内容

神が天地万物を創造し、人間を「神のかたちとして、神に似せられ」他の動植物と区別して特別に創造されたことが記されています。唯一の神、創造主なる神は、現在でも天地万物を支配していると旧約聖書は教えています。


神によって選ばれたアブラハムの子孫であるイスラエルの人々の歴史が記録されており、またイスラエルの人々を通して神がなさった行いが書かれています。


神の御心として神の律法が書かれています。神を信じたイスラエルの人々、たとえばダビデやソロモンが書いた詩編や知恵が記されています。当時のイスラエルの人々が罪を犯していた時に、神は預言者を通して語った言葉が記されています。またそれらの預言者を通して、イエス・キリストによる新しい契約について預言されており、その預言も書き記されています。

旧い契約

旧い契約は、天地万物が創造されアブラハムが選ばれた後、アブラハムの子孫であるイスラエルの民と結ばれました。イエスラエルの民は神の民として選ばれ、またイスラエルの民は神だけを礼拝するようにと、契約が結ばれています。旧い契約においては、神はイスラエルの民に十戒を与えて生活の指針としたことが書かれています。またその他の律法、イスラエルの人々の生活、すべてにかかわる律法を通して、旧い契約が結ばれています。罪の贖いのためにイスラエルの人々は、神にいけにえをささげる必要がありました。

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新約聖書

書かれている内容

イエス・キリストの生涯と教えが記録されています。イエス・キリストが人間の罪のために十字架上でしなれ、復活した記録が記されています。イエス・キリストが建てた初代教会の様子が、歴史的に書かれています。


クリスチャンになるためにはどうすれば良いのか、またクリスチャンとして生きる人のために、諸教会に宛てた手紙によって神のみこころが何であるかが書かれています。神はイエス・キリストにすべての人間を裁き、生きている人も死んだ人も裁きます。この時、この物質的な天地万物がなくなり、新しい天地が造られると預言されています。


新しい契約

イエス・キリストによって新しい契約が結ばれました。新しい契約においては、イエス・キリストご自身が、神の律法であり神の御心を示す方として存在しています。イエス・キリストが人間の罪のために十字架上で死なれて、新しい契約においては、罪のためのいけにえは行われないことが、書き記されています。


旧約聖書に預言された言葉が新約聖書に引用されています。次の聖句を読んでみましょう。

もし、あの最初の契約が欠けたところのないものであったなら、第二の契約の余地はなかったでしょう。事実、神はイスラエルの人々を非難して次のように言われています。「『見よ、わたしがイスラエルの家、またユダの家と、新しい契約を結ぶ時が来る』と、主は言われる。『それは、わたしが彼らの先祖の手を取って、エジプトの地から導き出した日に、彼らと結んだ契約のようなものではない。彼らはわたしの契約に忠実でなかったので、わたしも彼らを顧みなかった』と、主は言われる。8:10 『それらの日の後、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこれである』と、主は言われる。『すなわち、わたしの律法を彼らの思いに置き、彼らの心にそれを書きつけよう。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。8:11 彼らはそれぞれ自分の同胞に、それぞれ自分の兄弟に、「主を知れ」と言って教える必要はなくなる。小さな者から大きな者に至るまで彼らはすべて、わたしを知るようになり、わたしは、彼らの不義を赦し、もはや彼らの罪を思い出しはしないからである。』」8:13 神は「新しいもの」と言われることによって、最初の契約は古びてしまったと宣言されたのです。年を経て古びたものは、間もなく消えうせます。(へブル8章8節ー13節)

この言葉に書かれている預言は、旧約聖書のエレミヤ書31章に書かれています。この聖句がへブル8章で引用されています。新しい契約においては、イエス・キリストが大祭司であり、神と人間の仲介者となられたのです。


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