人の話を鵜呑みにしない

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日本人と主体性

「人の話を鵜呑みにしてはいけない」と言われますが、日本には滞在的に「人の話を素直に聞いて受け入れてしまう」文化があるように、私には思えます。

日本人は主体性がないとよく指摘されることですが、一番顕著に表れているのが教育現場ではないかと、私は思います。生徒は先生から出された課題、宿題をやるだけです。積極的に質問することも奨励されていません。パッケージになって出てくるものを生徒はこなすのです。

国語の現代文の問題では、「主人公の気持ちや考えを書きなさい」という質問が必ず出てきます。模範解答に合わないものは間違いと採点されます。読者側の主観的な解釈はゆるされていません。模範解答以外の正しい正解があっていいはずです。それを教育現場では認めることもしないし、認めさせないのです。

画一化された教育の中で、ベルトコンベヤーに乗ってくるように主体性のない、自主性のない画一化された日本人が生まれてきます。ゆえに、日本人は主体的な決断をするのが苦手なのかもしれません。主体性のない学生たちを嘆く人 主体性のない人にプロコーチがアドバイス

宗教についていえば、日本人はどんな宗教に対しても非常に寛容であり、日本式に受け入れてしまう器用さがあります。日本人は、主体性の欠如が原因なのか分かりませんが、人生の生き方において一人で行動するのが非常に苦手です。

子供の頃、友人が「~さんが行けば僕も行く」とよく言っていたのを覚えています。日本人は周りの目を気にしながら、緩やかなネットワークの中で、どこかに属していたいという気持ちもあるのです。でもそれをあまり公にはしたくないのです。

「君たちは、どう生きるか」という本がベストセラーになっているそうです。この本は、「人の話を鵜呑みにはしない」ことを前提に書かれているような本であるという印象を私は受けました。80年も前に書かれた本ですが、個人の主体性をとっても大切しています。

多くの方々が生きることについて真剣に考えていること、非常にうれしく思います。この本の内容とあらすじは多くのサイトで紹介されています。

主体性と真理を見抜く目

様々な宗教が生き方を教えています。キリスト教や聖書を学ぼうとする時、いろいろなサイトや書物があることに気づかれるでしょう。このような場合、「人の話を鵜呑みにしない」ことが、非常に大切だとわたしは思います。当サイトに書かれていることも、結局はご自分で考えて結論を出す必要があります。もしかしたら、今この記事を読んでいるあなたは、教えられることに慣れきっていて自分で結論を出すのが難しいと考えているかもしれません。


しかし、ここは一番、自主的に聖書を読んでみましょう。自分の目と耳で確かめ、よく考えて自分自身の結論を出してみましょう。5つのことをやってみましょう。

  • 当サイトに限らずいろいろな記事を読んでみましょう。
  • 引用個所の聖句を自分自身で読んでみましょう。
  • ここで聖句の意味を考えます。
  • 次に自分に当てはめて考えます。
  • さらに実践的な教えがあれば、その教えを実践してみましょう。

賢い人は、真理を見極める目をもっていると聖書は言っています。それに誰でも真理を求める者は、与えられるとも教えられています。真理を求め続けること、これが大事だと私は思います。

求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない。(マタイ7章7節ー11節)

思慮深い人は自分の知恵によって道を見分ける。愚か者の無知は欺く。(箴言14章8節)

当サイトの人生の目的・生きる意味も参照お願いします。

読者の皆様に、神の大いなる愛が宿りますように。

 

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