愚かな判断を避けるための5つの心得

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毎日、わたしたちは、物事の判断をして何らかの選択をしています。わたしはすでに62歳になりますが、これまで多くの過ちを犯し、愚かな判断をしてきました。聖書から学び、また人生を通して神がわたしに教えてくれたことを分かち合います。愚かな判断を避けるための5つの心得を挙げてみます。これらの5つの点は、クリスチャンの方には当たり前のことと聞こえるかもしれませんが、わたし自身、若い時はまったく理解していませんでした。かと言って今すべて理解して十分に実践しているかと、そうではありません。今でも学び続けて日々成長しようと実践を心がけています。

自分は愚か者であると認める

まず第一に、正しい判断をする知恵などない愚か者である、と認識することだと思います。人間の判断は自己中心的になりがちです。自分にとっては良いかもしれないけれど、周囲の人には良くないこともあるでしょう。結局、人間の視野は(肉体的にも精神的にも)限定されているということです。

一時的には良い判断と思われても長い目では愚かな選択をしてしまった、と思うことがわたしにはしばしばありました。賢い判断をするための出発点は、自分が愚か者であると認識することです。

感情や気持ちに左右されて判断はしない

人間は感情と知性を持ち合わせて創造されました。両方とも非常に大切なものですが、程よいバランスが必要です。感情と知性、どちらか極端に頼りすぎても賢い判断は出来ないでしょう。しかし、どちらかと言えば、感情や気持ちに左右されて判断すると、十中八九、愚かな判断になります。

賢くなるための知恵は神から与えられると認識する

第三に、全体を見渡せない人間は、神から知恵をいただく必要があるのです。わたしたちの性格や考えをご存知の神は、わたしたちの未来も知っています。天にいらしてすべてを支配している神は、わたしたちにとって何が一番良いかをご存知です。だからこの方から知恵をいただくことが、賢い判断をするための一番の近道だと思います。

将来を見据えて心の準備をする

第四に、日々の生活の中で将来を見据えて心の準備をすることです。人生一寸先は闇であると言われることがあります。確かにその通りかもしれませんが、だからこそ光を与えてくださる神に委ね準備をしなければなりません。

キリストは明日のことについて思い煩うなと私たちに教えています。しかし、準備を怠ってもよいという意味ではありません。思い煩うとは、変える事が出来ないことを「・・・考えたりする」ことです。賢い判断をするために、わたしたちは明日のために今日出来ることをやっていくべきでしょう。

信頼できる友人のアドバイスに耳を傾ける

第五に、信頼できる友人のアドバイスに耳を傾けることです。違った視点、観点を聞くだけでもいいのです。そのアドバイスを鵜呑みにする必要はありません。あくまでも最終的には判断するのは自分自身だからです。

最後に次の聖句を読んでみましょう。賢い判断をするためには、祈ることがもっとも大切だと思います。

人間は心構えをする。主が舌に答えるべきことを与えてくださる。人間の道は自分の目に清く見えるが/主はその精神を調べられる。あなたの業を主にゆだねれば/計らうことは固く立つ。(箴言16章1節ー3節)

あなたがたの中で知恵の欠けている人がいれば、だれにでも惜しみなくとがめだてしないでお与えになる神に願いなさい。そうすれば、与えられます。(ヤコブ1章5節)

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