聖霊なる神とイエス・キリスト

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聖霊の働きは、主イエス・キリストに明らかにされ、また聖霊の賜物を受けている各クリスチャンの生活の中で明らかにされるべきものです。まず、最初に主キリストと聖霊の関係について考えてみます。

イエス・キリストと聖霊に関する旧約聖書の預言

エッサイの株からひとつの芽が萌えいでその根からひとつの若枝が育ち、 その上に主の霊がとどまる。知恵と識別の霊、思慮と勇気の霊、主を知り、畏れ敬う霊。(イザヤ11章1節―2節)

エッサイはダビデの父親です。マタイ1章のキリストの系図からわかるように、イエス・キリストはダビデの子孫です。この方の上に神の霊が宿ると予言されています。

主はわたしに油を注ぎ/主なる神の霊がわたしをとらえた。わたしを遣わして貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。打ち砕かれた心を包み、捕らわれ人には自由を、つながれている人には解放を告知させるために。(イザヤ61章1節)

上記の聖句は、イエス・キリストが遣わされた理由が示されています。キリストの働きが示されています。キリストは、ご自分の役割とミッションを知っていました。上記の聖句を引用して、これからキリストが行う働きを宣言したのです。(ルカ4章16節―21節)

聖霊によって生まれる

 イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ、男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。そして、その子をイエスと名付けた。(マタイ1章18節―25節、ルカ1章-2章を参照)

上記の聖句によれば、マリアは聖霊によって身ごもったことがわかります。キリストの働きは、生まれる前から預言され生まれる時も神の力が働いていたことがわかると思います。

ヨハネによってバプテスマを受ける

 そのとき、イエスが、ガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた。彼から洗礼を受けるためである。ところが、ヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った。「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか。」しかし、イエスはお答えになった。「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」そこで、ヨハネはイエスの言われるとおりにした。イエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた。イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった。そのとき、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と言う声が、天から聞こえた。(マタイ3章13節―17節)

イエス・キリストがヨハネによってバプテスマを受けた後、聖霊がキリストの上に降ってきたと記されています。聖霊によって生まれたキリストは、さらなる聖霊の力と祝福を受けることになります。これは神の祝福、宣教の始まりを象徴していると考えるのが妥当かと思います。ちなみに、鳩は当時のユダヤ教ではイスラエルを象徴していました。また、キリストは究極の神のしもべ、神のしもべであるイスラエルを象徴していたことも付け加えておくべきでしょう。(イザヤ40章-53章)

聖霊によって神の御心を教え、病を癒し悪霊を追い出す

最初にイザヤ61章1節を読みましたが、この聖句によればキリストは神の聖霊によって人々の心を癒し神の愛を伝え、神の御心を伝えることを理解できると思います。

そのとき、悪霊に取りつかれて目が見えず口の利けない人が、イエスのところに連れられて来て、イエスがいやされると、ものが言え、目が見えるようになった。・・・しかし、わたしが神の霊で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ。(マタイ12章22節―28節)

キリストは神の聖霊によって生まれ、聖霊の力と知恵に満たされ宣教しました。同じ神の聖霊がキリストを死から復活させたと聖書は教えています。さらに同じ神の聖霊がクリスチャンの上にも働いているとも教えています。この点についてはまた別の記事で紹介します。

三位一体の神という概念も読んでください。三位一体の神という概念を説明しています。

聖霊が与えられるという約束(ヨハネ14章16節―19節、26節-28節、16章6節―7節、13節―15節)

弟子たちに与えられる聖霊の働きを、キリストの言葉をもとに検証します。キリストがこの地上に住んでいた時、弟子たちに神の御心を教えました。キリストがこの地から去り天ですべてを死はしている間、聖霊が弟子たちに神の御心を教えます。主イエス・キリストは聖霊としてクリスチャンに宿るのです(マタイ28章18節―20節)。キリストは、父なる神によって聖霊を受けた方であると同時にクリスチャンに聖霊を与える方であるとも言えます。

この世に対する聖霊の働き(ヨハネ16章8節―11節)

聖霊は「罪について、義について、裁きについて、世に誤りを認めさせる」のです。聖霊なる神は、私たち人間には見えないかたちで現在も働いてくださっているのです。すべての悪が明らかになる時がいずれ来ます。

使徒たちの特別な責務

聖霊なる神はすべてのクリスチャンに宿っていますが、聖霊が与える賜物はそれぞれのクリスチャンによって違います。聖霊の働きに示される、それぞれのクリスチャンの役割も違います。

使徒たちは、イエス・キリストによって直接任命されて特別な責務を負いました(マタイ10章)。またイエス・キリストについて証しする任務も与えられました。それは彼らがキリストの宣教の働きに最初から関わっていたからです(ヨハネ15章26節―27節)。

キリストが復活した後、キリストは改めて使徒たちに「キリストの証人」になることを命じました(ルカ24章45節―49節)。キリストの命令に従った使徒たちの記録が使徒行伝に記されています。彼らは、当時のローマ帝国における全土に(エルサレムからサマリア、そして地の果てに至るまで)福音の言葉を伝えたのです。

捕捉:使徒行伝1章8節は、使徒行伝のアウトラインともいえる聖句です。

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