どの翻訳の聖書を読むべきか

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現在、日本の教会で、標準的に使われている日本語聖書の翻訳には4つあります。(1)口語訳聖書、(2)新改訳聖書、(3)新共同訳聖書、(4)共同訳聖書です。結論から先に言えば、これらのどの翻訳でもかまいません。管理人は、2018年12月に発行された共同訳はまだ読んでいません。しかし、その翻訳は、新共同訳と大きな違いはあまりないのではないかと思います。日本聖書協会には失礼ですが、共同訳を新共同訳の改訂版と捉えて話をすすめます。

管理人が、3つの翻訳を使った経験

管理人は、最初の15年は新改訳をずっと使っていました。他の翻訳など見向きもしないで「これ一本」でした。月に2回、奉仕していた教会が、口語訳を使っていたので、口語訳と新改訳の両方を10年間使いました。その後、10年間は、新改訳と新共同訳の両方を、時と場合に合わせて使っています。新共同訳を初めて読んだ時は、新改訳に慣れていたせいもあってか、まるで違った書物を読んでいるように感じました。


管理人は、上記の翻訳すべてを比較研究したわけではないので、学術的な結論ではありません。むしろ3つの翻訳を長年使ってきた管理人の主観的な感想と意見を書きます。

「文字通り」か「読みやすさ」か

どれも一長一短あり、限定して「これが一番良い」とは言い難いです。すべてに完璧な翻訳などありません。原語通りに一語一語、忠実に訳している翻訳が、一番良いと主張している人たちがいます。しかし、そのような方々は、言語学観点から2つの違った言語の間に、A=A’はあり得ないことをご存じないのだと思います。聖書翻訳には、翻訳者の解釈が含まれているのが事実です。それを認める謙虚さが、翻訳に携わる方々にも必要だと、管理人は考えています。原語に忠実にといっても、一語一語を文脈の中でどのように訳すのかは、非常に悩ましい問題です。


新改訳は、どちらかというと「文字通り」一語一語をそのまま訳そうという方針があるように思えます。これに対して、新共同訳(口語訳も)は、それよりも読みやすさを重視しているように思えます。一番端的な例は、新約聖書の方です。ギリシャ語は、一つの文(最初からピリオドまで)が他の言語と比べて非常に長いです。カンマ、カンマでつなぐことが出来る言語です。新約聖書のギリシャ語を日本語に翻訳する場合、ギリシャ語の長い文を二つに分けるのか、分ける場合、どこで句読点をつけるかは非常に難しい問題です。新共同訳は、日本語の読みやすさに合わせて、新改訳と比べると比較的自由に句読点のつけ場所を決めているように思えます。


新改訳は、第三版が出版されており、読みやすさにおいて改善されたと思います。


結論

新改訳は福音派の諸教会、新共同訳及び共同訳は日本基督教団で使われているようです。双方に熱烈なファンがいるのを管理人は知っています。しかし、他方を批判する程の問題ではないでしょう。ネット上で、クリスチャンが他方の翻訳を痛烈に批判しているのを、時々読むことがあります。それ程、熱くなる問題でしょうか。管理人には不思議でなりません。


どの翻訳でもOKといわれても困るという方へ。新約聖書だけでの比較的安価で買えるものが、新改訳も共同訳でもあります。その両方を買って読み比べてみるのはどうですか。これも個人の好み程度の問題としてはとらえてもいいのではないかと、管理人は思います。

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