旧約聖書のメッセージ(2)創造主なる神と偶像礼拝

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まずイザヤ[sg_popup id=”7291″ event=”click”]44章6節-20節[/sg_popup]を読んでみましょう。 私たちが信じます神は、時代を超えた、時を越えた永遠の方です。始めであり、終わりです。このお方は、天地万物が創造された初めを知り、すべての過去を知り、現在、そしてすべての未来を知っている方です。そして、過去、現在、未来と変わらない聖なる愛に満ちた方なのです。 12節以降は、さらに偶像礼拝の愚かさを説明していますが、日本人に非常に関わりが深い偶像礼拝について考えてみましょう。

ヨハネ4章24節では、主イエス・キリストは「神は霊です」と言っています。 この言葉から分かることは、神様は目に見える物質ではないこと、無論、物質で現すことなどできないのです。だから偶像礼拝は良くないのです。

偶像礼拝とは、結局、自分で造ったものを自分で拝んでいるわけです。自分を拝んでいるのと同じです。これも少し考えれば滑稽に思えてきますが、長年培った生活の慣習ですから愚かさにもなかなか気づかないのかもしれません。 神が霊であるということは、神様の働きも霊的、つまり物質に束縛されないということです。しかし、神は物質、つまり創造された世界、宇宙を通して神様の栄光と知恵を示されています。

私が幼少の頃ですね、山に行ったんです。何もないところです。真っ暗な所です。今では町の照明が多すぎて星が見えないのは残念ですね。実際、真っ暗だと、星って良く見えるんです。まだ大気汚染もなかったから、空も澄み切っていました。空を見上げると星が幾万とあるのです。今にも落ちてきそうです。空は澄み切っていますから、自分の手で触れるような気さえしました。もちろん、私は聖書も何も読んだことはありませんでしたが、このような自然はどうしてあるんだろうか、何ときれいなんだろうと、漠然とですが、思っていました。今、考えれば創造主なる神様の創造のわざに驚いていただけなんですが、、、。

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