マタイの福音書5章5節ー柔和な人

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「柔和な人々は、幸いである。その人たちは地を受け継ぐ。」(マタイの福音書5章5節)

上記の聖句は一般論として言われているのでしょうか。柔和な人々とはどんな人を言うのでしょうか。キリストは、神に信仰を持たない人でも柔和な人は祝福を受けると言っているのでしょうか。「この人は柔和な人だからキリスト教に合っている」と聞いたことがあります。これは間違った考え方です。キリストの教えは、肌の色や文化をすべての人間に合っています。詩編37章1節ー22節を読んでみましょう。この聖句にキリストが教えている本意が示されていると思います。

悪事を謀る者のことでいら立つな。不正を行う者をうらやむな。彼らは草のように瞬く間に枯れる。青草のようにすぐにしおれる。主に信頼し、善を行え。この地に住み着き、信仰を糧とせよ。主に自らをゆだねよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。あなたの道を主にまかせよ。信頼せよ、主は計らい、あなたの正しさを光のように、あなたのための裁きを真昼の光のように輝かせてくださる。沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれよ。繁栄の道を行く者や、悪だくみをする者のことでいら立つな。怒りを解き、憤りを捨てよ。自分も悪事を謀ろうと、いら立ってはならない。悪事を謀る者は断たれ主に望みをおく人は、地を継ぐ。しばらくすれば、主に逆らう者は消え去る。彼のいた所を調べてみよ、彼は消え去っている。貧しい人は地を継ぎ、豊かな平和に自らをゆだねるであろう。主に従う人に向かって、主に逆らう者はたくらみ、牙をむくが主は彼を笑われる。彼に定めの日が来るのを見ておられるから。主に逆らう者は剣を抜き、弓を引き絞り貧しい人、乏しい人を倒そうとしまっすぐに歩む人を屠ろうとするが、その剣はかえって自分の胸を貫き弓は折れるであろう。

主に従う人が持っている物は僅かでも、主に逆らう者、権力ある者の富にまさる。主は御自分に逆らう者の腕を折り、従う人を支えてくださる。無垢な人の生涯を主は知っていてくださる。彼らはとこしえに嗣業を持つであろう。災いがふりかかっても、うろたえることなく飢饉が起こっても飽き足りていられる。しかし、主に逆らい敵対する者は必ず滅びる。献げ物の小羊が焼き尽くされて煙となるように。主に逆らう者は、借りたものも返さない。主に従う人は憐れんで施す。神の祝福を受けた人は地を継ぐ。神の呪いを受けた者は断たれる。(詩編37:1-22)

上記の聖句には、「地を継ぐ」という表現が数回書かれていますが、この表現はマタイ5章5節と同じです。この表現は神の祝福を受けていることを表現しています。上記の聖句は、神はその人の信仰に基づいて祝福してくださると明確に言っています。

柔和は信仰に基づく人格であり態度です。何事にも揺るがない信仰=柔和だと思います。他の人が悪事を働いても、他の人が繁栄しても、主に逆らう人が周囲にいても、このような信仰の持ち主は柔和な態度を保つことが出来るのです。柔和な人格は神への信仰に基づくのです。神がその人を柔和な人へと造り変えてくださるのです。神が祝福する柔和は、生まれつきのものではありません。信仰によってその人の人格が整えられていくのです。

神を心から信じる事により神によって造りかえられましょう。信仰に基づいて柔和にされて神の祝福を受けましょう。

 

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