創世記3章に見る悪魔が人間をだます策略

悪魔
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創世記3章から悪魔(the Devil)の働きを考えてみましょう。どのように悪魔は人間をだまし惑わすのでしょうか。悪魔は、人類が創造されて以来、私たち人間たちをだまし続けてきました。悪魔の策略を知りましょう。

まず 創世記3章1節ー15節 を読みましょう。悪魔に関するWikiの記事は興味深いです。

蛇の存在

「悪魔は年を経た蛇」と黙示録12・9で描写されています。これは創世記3章から引用されているものと思われます。さて創世記3章では、蛇がエバに話しています。これをどのように解釈すべきでしょうか。いくつかの可能性があります。

  1. 古代メソポタミアの宗教では、蛇が礼拝の対象物としてされていました。そのような偶像が考古学の分野で多く発見されています。創世記の著者は、異教の宗教の偶像を揶揄するために、蛇を人間をだます悪魔として比喩的に用いたかもしれません。
  2. 現在の蛇のかたちになる前に、蛇は人間と話すことが出来ました。蛇の罪の結果、蛇は地面を這うようになったのかもしれません。
  3. 蛇は、人間をだますための悪魔の道具として用いらている。蛇が人間のことばを話すことが出来たか出来なかったか、または字義通りの解釈か比喩的な解釈か、どちらにせよ、創世記3章の蛇の背後には悪魔の力が働いているという意味に間違いはありません。

https://en.wikipedia.org/wiki/Ningishzida

管理人は、#3の解釈が一番適切な解釈だと思います。悪魔は、21世紀の現代においても活発に働き、私たち人間を神から離れさせ社会全体を混乱させ、人間同士が敵対してお互いを滅ぼす社会をつくろうとしています。では、悪魔は、どのようにアダムとエバをだましたのでしょうか。

悪魔が人間をだます策略

悪魔は3つの策略を用いて私たちをだまし、神から離れさせようとします。

神のことばを疑わせる

神はアダムとエバに「善悪の知識の木からは食べてはいけない。食べると必ず死んでしまう」と言いました。ところが、悪魔は真っ向からそれを否定します。これが最初の策略です。神のことば、約束、契約、すべてを否定するのです。「神のことばに真理はないし、神はあなた方の幸せなど考えていない。あなたを祝福しようとは考えてない。自分で祝福をつかむしかないよ。」と言っています。悪魔のこの誘惑の言葉によって、第二の攻撃をしてきます。

私たちの欲望をくすぐる

悪魔は、私たちの心に欲望の種を植え育てるのです。「それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るようになる」と悪魔から聞いた時に、エバの心は唆されます。善悪の木の実は美味しそうに見え善悪を知り神のようになれると、エバはここで自分の欲望とプライドに動かされてしまいます。エバが実際にこの木の実から食べても死なないので、そばで見ていたアダムも安心して食べてしまいます。(男性はずるいですね。)ここで次に究極の策略を悪魔は放ちます。

神から離れても生きていけると思わせる

アダムとエバは、悪魔に騙されつつと知っていても、その誘惑に誘われるままに進みます。つまり、神の教えと戒めに従わなくても生きていける、幸せになれると考えたからです。悪魔は、エバに最初に言葉をかけてから罪を犯させるまで周到な作戦を持って、「神から離れても生きていける。幸せになれる。自分の思い通りに生きたい」と思わせたのです。

実は、このプロセスは私たち現代人にも当てはまります。悪魔の働きについて、次の記事では、主キリストが誘惑されたマタイ3章1節―11節の記事から考えてみます。

関連ページ 人間の罪

 

 

 

 

 

 

 

 

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時刻になったので、イエスは食事の席に着かれたが、使徒たちも一緒だった。イエスは言われた。「苦しみを受ける前に、あなたがたと共にこの過越の食事をしたいと、わたしは切に願っていた。言っておくが、神の国で過越が成し遂げられるまで、わたしは決してこの過越の食事をとることはない。」そして、イエスは杯を取り上げ、感謝の祈りを唱えてから言われた。「これを取り、互いに回して飲みなさい。言っておくが、神の国が来るまで、わたしは今後ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまい。」

それから、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。」

食事を終えてから、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である。しかし、見よ、わたしを裏切る者が、わたしと一緒に手を食卓に置いている。人の子は、定められたとおり去って行く。だが、人の子を裏切るその者は不幸だ。」そこで使徒たちは、自分たちのうち、いったいだれが、そんなことをしようとしているのかと互いに議論をし始めた(ルカ22章14節ー23節)。

主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。蛇は女に言った。「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」 女は蛇に答えた。「わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました。」蛇は女に言った。「決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、賢くなるように唆していた。女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。二人の目は開け、自分たちが裸であることを知り、二人はいちじくの葉をつづり合わせ、腰を覆うものとした。その日、風の吹くころ、主なる神が園の中を歩く音が聞こえてきた。アダムと女が、主なる神の顔を避けて、園の木の間に隠れると、主なる神はアダムを呼ばれた。「どこにいるのか。」彼は答えた。「あなたの足音が園の中に聞こえたので、恐ろしくなり、隠れております。わたしは裸ですから。」神は言われた。「お前が裸であることを誰が告げたのか。取って食べるなと命じた木から食べたのか。」アダムは答えた。「あなたがわたしと共にいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました。」主なる神は女に向かって言われた。「何ということをしたのか。」女は答えた。「蛇がだましたので、食べてしまいました。」主なる神は、蛇に向かって言われた。「このようなことをしたお前は、あらゆる家畜、あらゆる野の獣の中で、呪われるものとなった。お前は、生涯這いまわり、塵を食らう。お前と女、お前の子孫と女の子孫の間にわたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕き、お前は彼のかかとを砕く。」神は女に向かって言われた。「お前のはらみの苦しみを大きなものにする。お前は、苦しんで子を産む。お前は男を求め、彼はお前を支配する。」 神はアダムに向かって言われた。「お前は女の声に従い、取って食べるなと命じた木から食べた。お前のゆえに、土は呪われるものとなった。お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ。お前に対して、土は茨とあざみを生えいでさせる、野の草を食べようとするお前に。お前は顔に汗を流してパンを得る、土に返るときまで。お前がそこから取られた土に。塵にすぎないお前は塵に返る。」(創世記3章1節ー15節)