神の裁きーもっとも心静かに考えるべき事

聖霊の働き
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もっとも心静かに考えるべき事は何でしょうか。それは神の裁きの日に、神の御前に立つことではないでしょうか。私がどのように生きたのかを、神に説明・弁明しなければなりません。神の裁きの日が、なぜそんなにも重要なのか、5つのポイントを挙げてみます。外部サイト 神の裁き、神の怒り

1.神の裁きの日は、確かに近づいている

自分の将来に不安を持っていますか。何が起こるか分かりません。また大きな地震が起きるかもしれません。大きな病気にかかるかもしれません。事故が起きるかもしれません。でも、でも、まったく起こらないかもしれないです。将来、起こることで唯一確かなことがあります。それは神の裁きです。確かに刻一刻、その日が近づいています。

 

2.神の裁きの日は、一人一人、別個に下される

神の裁きはグループごとに行われるのでしょうか。カトリック教会に属していたから、あなたはOKとかNGになるのでしょうか。そんな事はありません。神の裁きは、個人個人、一人一人に下されるのです。「  それで、わたしたちは一人一人、自分のことについて神に申し述べることになるのです」(ローマ14・12)。その時は、自分の父母はそばにいません。私自身が、自分の人生について弁明することになります。

 

3.神の裁きの日は、人の人生を反映している

神の裁きは、一人一人に別個に下さられますから、その人がどのようにこの人生を生きたが反映します。神・イエス・キリストを信じて生きるのか。またクリスチャンになったとしても、本気で信じているのか、それとも心は遠く離れているのか。自分の心は、言動は、態度は、信仰はどこに向いていたのかが、その裁きの日に問われます。

 

4.神の裁きの日は、完璧である

その日、その時、神はすべての人間(死んだ人も生きている人)を裁きます。人の心を見る神の裁きに誤りはありません。人間が隠れて行う悪事もすべての罪が明らかにされる時です。誰も、神から隠れる事はできないし、神の裁きを逃れる事は出来ません。

 

5.神の裁きの日は、最後の裁きである

人類の歴史の中で、神は人々を悔い改めに導くために、聖なる愛によって人々を懲らしめてきました。人間は苦難を経験する時に、必然的に神の憐れみを求めるからです。自分の愚かさに気づくからです。しかし、それでも多くの人間は、悔い改めません。神の裁きの日には悔い改めのチャンスはもはやありません。なぜでしょうか。神の最後の裁き、審判であるからです。

 

あなたは、神の裁きの日を迎える準備が出来ているでしょうか。主イエス・キリストを信じているでしょうか。神の最後の裁きが来て悔い改めのチャンスがなくなる前に、今すぐ悔い改めて主イエス・キリストを心から信じましょう。

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時刻になったので、イエスは食事の席に着かれたが、使徒たちも一緒だった。イエスは言われた。「苦しみを受ける前に、あなたがたと共にこの過越の食事をしたいと、わたしは切に願っていた。言っておくが、神の国で過越が成し遂げられるまで、わたしは決してこの過越の食事をとることはない。」そして、イエスは杯を取り上げ、感謝の祈りを唱えてから言われた。「これを取り、互いに回して飲みなさい。言っておくが、神の国が来るまで、わたしは今後ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまい。」

それから、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。」

食事を終えてから、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である。しかし、見よ、わたしを裏切る者が、わたしと一緒に手を食卓に置いている。人の子は、定められたとおり去って行く。だが、人の子を裏切るその者は不幸だ。」そこで使徒たちは、自分たちのうち、いったいだれが、そんなことをしようとしているのかと互いに議論をし始めた(ルカ22章14節ー23節)。