事なかれ主義と神の知恵

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日本人の事なかれ主義と神の知恵を比べてみましょう。どんな違いがあるのでしょうか。神の知恵は、どんな風に役にたつのでしょうか。

事なかれ主義ことなかれしゅぎ)とは、解決すべき問題が発生しているのにもかかわらず、それを避けたり、あるいは見て見ぬふりをしたりして、係わり合いになるのを避け、問題を放置する消極的な考え方。」参照サイト


神の知恵

これに反して、神の知恵は次のように言っています。

「心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず常に主を覚えてあなたの道を歩け。そうすれば/主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。自分自身を知恵ある者と見るな。主を畏れ、悪を避けよ。」(箴言3章5節ー7節)

問題対処について、聖書は主なる神に頼りなさいと教えています。「どんな困難においても、問題解決の知恵を与えてくださるのだから勇気を持ちなさい。神に信頼しなさい」と。


日本の事なかれ主義

しかし、日本ではまったく反対のことが教えられます。小さい子供が悪さをおぼえると、「この子も知恵がついた」といわれます。賢い=したたか=悪賢いと解釈されるのです。もし、人が、問題解決が出来ない、あるいは交渉ごとを有利にする賢さ、したたかさ、知恵がなかったならどうでしょうか。

日本人は、その問題があたかも存在しないかのようにふるまいます。


問題解決の先送りは政治の世界で良く行われる事です。最初に政治の例に「事なかれ主義」の弊害を考えてみます。

日本の政治は、戦後、1945年の終戦以来、この「事なかれ主義」で多くの問題を非常に穏便に解決してきました。建前と本音の文化ともいえると思います。

自衛隊の違憲性についてですが、多くの人たちは自衛隊は違憲だとわかっていても、その必要性は認めているのではないでしょうか。本音でいって、「日本はまったくの無防備でいい!」と主張する人は少ないのではないでしょうか。その辺の本音も政治家の方々から聞こえてきません。

護憲運動の活動家たちの中には、自衛隊の違憲性と必要性を承知の上で護憲を叫んでいる、と私には思えます。自衛隊の合憲性、違憲性をうやむやにしてきて(問題解決の先送り)約半世紀が過ぎてきました。しかし、現在、安倍政権と自民党が目指している憲法改正・悪に関わり、日本は自衛隊と集団的自衛権のような国際的にも非常にややこしい問題に直面しているのです。問題先送りのつけがここに来たと言っても過言ではないでしょう。


もやは、事なかれ主義や本音と建前の考え方は、グローバル化した世界では通用しないと私は思います。なぜ政治家の方々は、国際化した世界でそのような態度で政治をしているのか、私には理解に苦しみます。日本の自衛隊の問題は国内の問題ではありません。国際的にも大きな影響を及ぼす問題です。

どんな問題にせよ、問題解決に真正面から取り組む姿勢がなければ、この地に住んでいる人々の将来も危ぶまれるでしょう。今こそ日本の政治家の方々は、自分たちの国民性の長短あわせて理解する必要があるのではないかと思います。


ここまで政治的な話をしてきましたが、個人レベルにおいても事なかれ主義は行き詰まりを招くだけです。問題解決の知恵は、神からいただくものと聖書は教えています。

あなたがたの中で知恵の欠けている人がいれば、だれにでも惜しみなくとがめだてしないで、お与えになる神に願いなさい。そうすれば与えられます。(ヤコブ1章5節)

問題のタイプが人間関係であろうと、個人的に迷っている事だろうと、何であろうと、物事の視点を変えさせてくださるのが神の知恵だと思います。神の知恵は、自分が元々持っていないものです。だから「問題の本質をはっきり見させてください。知恵を与えてください」と神にお願いするのです。神の知恵は、問題解決の道筋を示してくれます。これは本当に不思議な事です。

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